毎月第一水曜日の夜、新宿のビルの一角にある「無何有」という小さなフリースペースで、「未来へのバトンをつなぐ会」と題した催しが開かれている。主催しているのは、全共闘世代と呼ばれる70歳代を中心としたシニアの男性たち。かつて、1960年代末から70年代初頭にかけて、学生運動を展開していた「元・若者」たちである。
つなぐ会には毎回異なるゲストが招かれる。彼らは、おおよそ20代前半の若者であり、現役で社会運動を担っているアクティビストだ。

実は初回の5月13日にゲストとして招かれたのは、他でもない私だった。主催者の一人である金廣志さん(元赤軍派の活動家で、指名手配されて逃げ切った経験をもつ)からLINEがあり、「若者の活動や訴えを、爺さんたちが聞き、次世代へのバトンを繋ぐような会を開きたい」と相談があったのだった。

とはいえ、後述するが、世代間の権力勾配は意外と大きい。何も準備せずにいきなりごった煮で政治や社会運動について議論させると、大変なことになるのは火を見るより明らかだ。爺さんたちが説教を始めてしまい、若者がうんざりするという構図は、これまで左右問わず様々な社会運動体で起きてきた。

そこで私は、他のゲストが招かれて「悲劇」が起きる前に、一度「若い世代の社会運動の基礎知識」をレクチャーしておこうと考えた。 本稿は、そのときの講演を書き起こし、全世代向けに加筆修正したものになる。基本的にはシニア世代を対象に書いたものだが、私たち若者世代だってシニア世代のことをよくわかっていないし、私たちが年をとったとき、その時の若者世代に同じような振る舞いをしないようにという、将来への自戒も込めて書いたものとして読んでいただきたい。


サナ活を振り返る「若者は保守化した」のか

2020年代の若者の社会運動を理解する前に、現在の若者の政治的価値観を分析しておく必要があるだろう。

近年、「若者の保守化」が語られることがある。そのエビデンスとしてよく引用されるのは、昨年末に産経新聞とFNNが実施した世論調査で明らかになった「高市内閣を支持する18~29歳が92・4%」という数字だ。フジサンケイグループによる調査とは言え、若者の内閣支持率が9割を超えたというニュースは衝撃をもって受け止められた。ちょうど「サナ活」(高市早苗=サナの身に着けているバッグやペンとお揃いにする推し活のこと)という言葉が話題になっていた頃だ。「最近の若者は何を考えているんだ」と思ったシニア世代も多かっただろう。私自身、サナ活の存在には当初懐疑的だった。と言うのも、人気アイドルグループ「TWICE」にサナというメンバーがおり、メディアがサナ違いで、よく確認しないまま報道したのだろうと高を括っていたからだ。だが、年も明けた頃だっただろうか。知り合いの高校生から「友達が本当にサナ活をしていた」という目撃情報が私のもとに寄せられ、私はやっと「サナ活」が都市伝説ではなかったことを思い知った。これがメディアが報じる前からあったのか、メディアが報じたことで生まれたのかはわからない。だが、少なくともこの国に確実にサナ活はあったのだ。「石破辞めるなデモ」にも驚いたが、次の総理大臣でそれを遥かに超えるファンダムが生まれるとは思いもしなかった。

一方で、若者たちの高市支持の背景には必ずしも強い政治的・思想的支持があるわけではない。私が取材した自民党学生部の現役部員は「高市内閣になったからと言って、新入部員が爆増したかと言うとそういうわけでもない」と語る。積極的に自民党へ入党し、政権を応援しているかと言うと、そうでもないのである。

では衆院選で実際に自民党に投票し、高市内閣に期待した若者たちはどのような心理で一票を投じたのだろうか。私が聞いた範囲では「女性初の総理だからもう少し見てみたい」「石破よりハッキリ物を言うし頼りになりそう」「現実的だから」「よくSNSで流れてくる動画に好感を持った」といった声が聞かれた。中道改革連合の共同代表(当時)が2人ともおじさんだったことと比較して「新しい政治」へ期待する声もあった。

こうした反応からは、特定の政治思想への強い帰依というよりも、人物への印象や分かりやすさ、現実的な政策姿勢などを重視する傾向が読み取れる。SNSやメディア露出などを駆使したイメージ戦略による圧勝と言っても良い。高市政権側もこうした成功体験を理解しているから、今年の熊本地震におけるプロモーション的な発信につながったのだろう。


「ペンライトデモに3万人」の謎を解く

ここで引っかかることがある。今年3月頃から盛り上がりを見せている国会前で行われた反政権ペンライトデモの存在だ。「若者主導のペンライトデモに3万人が参加」という報道は「若者の高市政権支持9割」という昨年末のデータと矛盾する。3か月で政権の評価が地に落ちたかと言うと、決定的な何かがあったわけでもないどころか、2月の衆院選では圧勝している。一体どういうことなのか。

これを私は「残りの1割」による積極的な反撃だと捉えている。高い同世代の政権支持率と、止まらないファシズム的な政策に危機感を覚えた若者が、韓国で広がっていたペンライトデモの手法を輸入するなどしてデモの怖いイメージの払拭に努め、参加の障壁を下げたことで、個人的にモヤモヤを感じていた「1割たち」が国会前に集まったのだ。参加者層は、30代女性が多いと聞いている。現在も大多数が無関心・冷笑的なのは変わりない。だが、このペンライトデモは、メディア露出によって不支持層の存在を世の中に可視化し、同じ政治的思想をもつ人々が集い、エンパワメント(モチベーションを高め合う)するという役割を果たした。


「普通の若者」たちの政治的価値観

ここで、「普通の若者」の政治的価値観を見ていきたい。現代の若者は、単純に「保守」「リベラル」と分類できるものではない。むしろ、外交・安全保障の面では保守的で、生活や社会規範の面では革新的、という組み合わせで捉えるのが一つの見方だろう。

ロシアによるウクライナ侵攻や北朝鮮・中国といった近隣国の独裁政権的な報道に接してきたことで「自分の国を守らないとヤバイ」という価値観が生まれた一方、ベトナム戦争の時のような「アメリカの戦争に日本が巻き込まれる」という感覚は少なく、安全保障上の問題意識も「アメリカの戦争に巻き込まれる」から「中国の侵略に巻き込まれる」に変化してきている。中国やロシア、北朝鮮といった「得体の知れない独裁国家」への恐怖感から、安全保障強化や憲法改正には賛成といった層が多いのだ。

ただし、生活や社会規範の面では革新的な傾向がある。パワハラやセクハラには政治思想を問わず敏感で、倫理や人権に対する意識の高まりが見て取れる。もちろん、現代の若者の間でもハラスメントやいじめは残っているが、そのあり方は昭和の時代とは異なる。 特に、ルールや規範を重んじる傾向があり、そこから逸脱する行動を忌み嫌う。若者がハラスメントに敏感である一方、未成年飲酒にも厳しい目を向けるのは、こうした特性の表れとも言える。

もっとも、こうした傾向は必ずしも人権意識そのものの向上を意味するわけではない。集団の結束感を強める一方で、規範から逸脱した者に対する陰湿な「リンチ」を生み出すこともある。人権意識が本質的に向上したというより、集団の中で共有される規範そのものが変化した、と捉えるほうが正確なのかもしれない。

また、争いごとを嫌い、平和的な解決を求める傾向がある一方で、現実的な成果を重視する。暴力的なデモや、批判ばかりを繰り返す野党を嫌い、現実的・建設的な提案や、目に見える成果を好む傾向も見られる。タイパ・コスパといった効率を重視する、せわしない現代的な価値観や、幼少期からの「怒り」という感情を過度に押さえつけ、「我慢して仲良くさせる」教育が影響していると個人的には感じている。

SDGsなどに対する捉え方は人それぞれで、上からの押し付けに冷笑的な人もいれば、すんなり受け入れる人もいる。メディアが報じるほど、若者の間で環境意識が一様に高いわけでもない。

つまり、現代の若者を理解するうえでは、従来の「右か左か」という政治軸だけでは捉えきれない、複数の価値観の組み合わせに注目する必要がある。


社会運動に参加するのはどんな若者なのか

では、現代において、実際に社会運動に参加しているのはどのような若者なのか。私の取材経験からは、社会運動に参加する若者を、おおむね以下の7つのタイプに分けて考えることができる。

・留学経験がある → 海外経験タイプ
(留学経験があって欧米の価値観に触れた人)

・親の政治的関心が高い → 英才教育タイプ
(親の政治的関心が高く、幼い頃から政治の話題に慣れ親しんできた人)

・自分がマイノリティである → 生存戦略タイプ
(自身がマイノリティであり、運動によって安心して生活できる社会をつくらなければ自身の生存が危ぶまれる人)

・コロナ禍で暇だったときに参加 → コロナ禍開花タイプ
(コロナ禍でやることがなく、たまたま運動に参加して問題意識が芽生えた人)

・SNSやテレビで知った → メディア開花タイプ
(メディアの情報で問題を知り、居ても立っても居られなくなった人)

・周りがそういう環境だった → 環境開花タイプ
(学生寮やサークルなど、政治的にホットな環境に身を置いていたことで自然と参加した人)

・「政治」や「思想」が好きだった → 趣味者タイプ
(政治・思想オタクが転じて、運動に参加した人)

海外経験タイプAさんの例
幼少期からインターナショナルスクールに通い、海外の価値観に触れながら育ったことで、人権や気候変動について関心をもつ。高校ではアメリカに留学。友人たちが気軽に政治やジェンダーについての話題を口にし、政治的な発信をする芸能人が多いことに驚く。帰国後、ICUや上智大学などに入学し、大学内でジェンダーについて考えるサークルに参加。

英才教育タイプBさんの例
親の政治的関心が高く、幼少期から投票所によく連れていかれていた。夕食ではニュースを観ながら政治の議論をすることが往々にしてあるが、学校で政治の話をしたら先生から怒られてしまったことがある。早稲田大学で政治に関心のある友人と出会い意気投合、国会前デモに誘われて参加。そこでスピーチをしていた5つほど上のアクティビストが代表を務める団体に加盟。

生存戦略タイプCさんの例
親は特に政治的関心が高いわけでもなく、政治について考える機会も少なかった。思春期になり、自身が性的マイノリティであることがわかるが、保守的な家族にはカミングアウトできなかった。そんななか唯一の居場所だったSNSのクィアコミュニティで、政治家たちのLGBTQへの穿った認識や、それに抗するアクションの存在を知り、自身が将来生きやすい社会をつくるためには声をあげるしかないと思い、参加。

コロナ禍開花タイプDさんの例
元々政治的関心は多少あったものの、よく考える機会はないまま育った。そんななか、2020年頃の高校・大学時代をコロナ禍が直撃。ステイホームで時間ができたことで、本や映画などの媒体を通じて政治的な情報を摂取し、自分なりの問題意識が芽生える。インスタで流れてきたとある学生団体が主催するZoomのウェビナーに参加。大いに共感し、運営メンバーに加入。

メディア開花タイプEさんの例
元々正義感が強く、中高では学級委員をやっていた。大学時代になんとなく観ていたNHKのドキュメンタリーで、入管問題について知る。世の中にそんな理不尽なことがあって良いのかと衝撃を受け、すぐにネットで問題について調べると、当事者を支援する団体があることがわかった。一週間後に予定されていた勉強会に申し込み、その場で団体にも加盟。

環境開花タイプFさんの例
特に政治的な関心はなく、親が政治の話をしているところも見たことがなかった。高校卒業後、第一志望だった京都大学に入学したが、地方から通うわけにもいかず、家賃が安かった自治寮に入寮。同じ寮に住んでいた音楽サークルの先輩が学生運動に積極的であり、同級生にもそうした運動に参加している学生が複数いたため、流れでデモに参加。意外と面白く、言っていることも正しいと感じたため、運動体にも加盟。

趣味者タイプGさんの例
高校入学とともに買ってもらったスマホでTwitterを始め、好きだった世界史関係のアカウントをフォローしていくうちに、共産主義についての知識を得る。数年のうちに「ツイ廃」と化し、自身でも共産主義に関する発信をするようになる。界隈のオフ会で現在も共産主義を志す運動体があることを知り、ヘルメットとアジテーションがかっこ良かったので参加。政治オタクの場合も同様のケースがある。

もちろん、複数に当てはまる人もいれば、ここに当てはまらない人もいるだろう。なんでもかんでもカテゴライズすることを良く思わない人もいるだろうが、わかりやすく伝えるための工夫としてご容赦願いたい。

ここから見えてくるのは、社会運動に参加する若者が、必ずしも社会全体の若者を代表しているわけではないという問題である。

海外の価値観に触れたり、メディアの情報を摂取して自分ごととして考えたりするには、ある程度の経済的・時間的・心理的余裕が必要である。こうした「恵まれていて関心を持つ余裕がある層」か、社会運動をしないと世の中から消されてしまうという切羽詰まった「圧倒的なマイノリティ・弱者である層」が、現在の社会運動を担っていると言える。つまり、その間にいる「普通の若者」が社会運動に参加しづらい状況があるのだ。

社会運動を広げるためには、すでに関心を持っている人たちだけで活動するのではなく、政治や社会問題に特別な関心を持っていない人でも参加できる環境をつくることが重要になると提起しておきたい。

では、こうした若者たちは、かつて社会運動を担った全共闘世代と、何が違うのだろうか。

(後編につづく)