天皇教育ではなく、神道教育
話は、皇位継承から神道、そして日本という国の土台へ進んだ。久保田氏は、神道における祭祀の最高位に天皇がいるという前提から、「天皇教育は神道教育だと思う」と語る。
戦後、国家神道教育は禁止された。しかし、神道は日本の文化や伝統、生活と切っても切り離せない。
初詣に行く。地域の祭りに参加する。季節ごとに神社で行事が行われる。神道を宗教として強く意識しない人も、日常生活のなかでは神道由来のものを引き継いでいる。
もちろん、明治以降、天皇が政治的に利用され、神格化された歴史はある。左派やリベラルが「日本の伝統」という言葉に懐疑的である背景には、現在伝統とされているものの多くが、明治政府によって恣意的につくられたのではないか、という意識もあるだろう。その点について話すと、久保田氏も、明治以降に皇室を政治利用してきた歴史が、皇室に対する懐疑を生んでいるかもしれないと頷いた。
「憲法や皇室典範を整備し、西洋的な国家制度を取り入れる過程で、むしろ天皇を絶対的な存在にしてしまった面があるかもしれない。天皇主権として強い力を持たせたことが、現在まで続く問題をつくった可能性もある。 」
それでも久保田氏は、神道そのものまで、明治国家と一体のものとして扱うべきではないと考えている。神道には経典がなく、絶対的な唯一神もいない。宗教でありながら、哲学や生活文化としての面も持つ。日本古来の文化の多くが、その上に成り立っている。
何を受け継ぎ、何を変えていくのかは、一人ひとりの国家観に関わる問題ではないか。私の問いに、久保田氏は、神道はむしろ「例外」でよいのではないかと話した。
「国がなくなっても、文化は残る。時代が進んでも、地域に生き続けるものがある。日本古来の文化として、残さなければならないものがある。 」
では、それが失われたらどうなるのか。
「日本が日本である理由が必要なくなってしまう。属国になってしまう」
日本が日本であることを保ちたいと思う感覚は、どこからくると思うか。
「なんだろうね、そこは。感覚的なものでしかないのかもしれない。田舎だったから、季節ごとの神社のイベントにも何気なく参加させられてきたし。好きだからとしか言いようがない」
神道には、絶対正義を立て、相手を打ち負かすのではなく、異なるもの同士で調和をとろうとする考え方があるという。善と悪を明確に分けるのではなく、多様なものを受け入れる。その感覚が、自分のなかに自然につくられてきたのではないか。どこから来たかは分からないが、育った環境のなかで培われたものなのかもしれない。
私には中国にもルーツがある。日本人全員がそうした感覚を持っているわけではないし、幼い頃の習慣も含め、神道的な感覚に馴染みのない人も多いだろう。そう話すと、久保田氏は、だからこそ天皇教育ではなく、神道教育が必要なのではないかと答えた。
皇室だけを説明しても、ふわっとしか理解できない。神道自体が日本の歴史や文化であることから考えなければ、天皇の位置づけも見えてこない。久保田氏の言う神道教育が、そのまま学校教育に導入できるのかは別としても、神道を単なる宗教制度ではなく、生活や地域文化の問題として捉える視点には私も共感するところがあった。
――私たちは、皇室についても神道についても、賛成か反対かを決める前に、そもそも何がそこで受け継がれ、残ってきたのかをあまり知らない。
日本より先に皇室がある
久保田氏の歴史観では、日本という国号より先に皇室がある。持統天皇の時代に「日本」という国号が定まり、皇室があった後に日本という名称が生まれた。国民国家としてまとまる前に天皇があったと考えるならば、国の前、日本の前に、先に天皇があったとも言える。
では、日本とは何なのか。
久保田氏にとっては、まず神道が土台にあり、その上に皇室がある。そして、皇室の一部として日本がある。「和」や「日本」といった名称は、対外的な呼び名に過ぎない。極論すれば、日本という名前でなくてもよいのではないかと考える。
「日本は皇室があって初めて日本という国を持つ。日本から皇室をなくしたら、日本が日本でなくなる。仮に日本がなくなっても、皇室があるなら、社会としての文化は変わらない」
もっとも、久保田氏は、神武天皇をはじめとする起源の物語を、そのまま史実として信じているわけではない。皇室の歴史を体系化したのは 700 年代であり、当時の天皇たちがつくったフィクションでもあるだろうという。それこそ、日本のルーツは大陸にある。起源がフィクションかもしれないことと、長く地域に根づいてきた文化を守ることは、久保田氏のなかでは矛盾しない。
「絶対的な起源があるから守るのではない。長く続き、生活のなかに残ってきたから守る。 」
この考え方は、私にはかなり納得できるものだった。
愛国心は土地にある
愛国心について話を向けると、久保田氏は「難しいですね」と少し考えた。そもそも、言葉の定義から考えるべきだという。国とは、日本という行政上の国家だけを指すものではない。その土地に積み重なってきた歴史、生活、文化を含む社会のことでもあると、久保田氏は言う。
日本では、たまたま皇室を中心とした社会形成があり、その後に日本という国が生まれた。その伝統、歴史、生活、考え方への愛着が、久保田氏にとっての愛国心である。ただ、話を聞いていると、その愛着は「日本」という国家全体より、自分が生まれ育った土地へ向けられているようだった。
「自分は日本人だ、という感覚と言うより、あくまでこの地域に住んでいる一人の人間でしかないという感じ。この地域が、たまたま日本だったというだけで。そもそも、日本人は単一民族ではないし、 「日本人とはこういうものだ」と一つの形を定めること自体が、日本人を否定することにもなると思う。」
「僕の愛国心がどこにあるかというと、その土地だと思うんですよね。その土地の生活や文化、自分が生まれたところへの愛着」
国家を愛するという言葉には、どうしても抽象的で大きすぎるように聞こえる。しかし、自分が育った土地の風景や、そこで交わされる言葉、生活の習慣への愛着であれば、もう少し具体的に考えることができる。では、その土地の社会の特徴とは何か。久保田氏が挙げたのは、田舎に残る近所付き合いや、異なる者同士で調和しようとする感覚だった。一方、現在の社会では、自分の主張を絶対的なものとして展開し、異なる人を排除し、誰かを貶めようとする言動が目立つ。しかし本来は、考え方が違っていても、人との調和をとることが、この土地の社会のあり方だったのではないかと語る。
「こんな小さい国で対立していたら、社会が成り立つわけがない」
だからといって、議論を避けるわけではない。むしろ、何かを絶対視しないからこそ、議論を活発にするべきだという。
「絶対的なものなんてないし、伝統だって変わってきているから残ってきている」
その言葉は、皇位継承をめぐる話にもそのままつながってくる。愛子天皇を選択肢に入れること、いまの社会のなかで皇室を支えられる形に変えていくことも、伝統を守ることなのだ。
外国人が伝統を守っている?
土地への愛着を重視するならば、移民や外国人についてはどう考えるのか。新宿のゴールデン街などでは現在、外国人ばかりが目に入る。ここは果たして日本なのか、と思う人もいるだろう。
久保田氏は、移民をめぐる問題を、外国人個人ではなく、制度と受け入れる側の問題として捉えている。日本に住む外国人にも、いい人がいれば悪い人もいる。問題が起きたとしても、それを止められなかった制度の問題である。一方で、地方に行けば、伝統を守っているのが外国人である場合もある。日本人が地域の仕事や祭りに関わらなくなり、外国人労働者が入ることで、文化や生活が維持されている地域もある。その現状を無視して、表面的に外国人を排除すれば、日本の文化を貧困にさせるだけだ。
「いま、その一役を担っているのが外国人でもある。だから移民に反対かと言われたら、反対とは言えない。ただ、無尽蔵に入れればいいとも思わない」
久保田氏が重視するのは、民族ではなく、その地域での生き方である。人間は、地域に「住まわせてもらっている」。外国人も日本人も、その点では同じだ。
地域には地域の文化があり、ルールがある。時には文化そのものがルールになっている。その土地の文化を変えてまで居座ることは違う。しかし、その地域に合った生き方や住み方を守れるのであれば、出自は問題ではない。
「それを日本民族という言い方にすると、違和感がある」
皇室や神道を日本の土台に置きつつ、日本人を血統では定義しない。外国人であっても、その土地の文化を支えるなら受け入れる。――久保田氏は、自分を「だいぶリアリストだと思う」と話した。
祭りを誰が続けるのか。誰がその地域で働くのか。文化が実際に維持されるために、何が必要なのか。私たちがより 現実的になって考えるべきことはたくさんある。
自然とともに朽ちていきたい
今の社会では、メディアの宣伝文句や SNS によって、人々の頭が固くなっているように見える。短い言葉で立場が分けられ、その立場に合う情報ばかりが流れてくる。世界の見方が、言葉によって単純化されてしまう。これから思想はさらに偏っていくのではないか。私がそうした話をすると、久保田氏は「それが嫌だから田舎へ逃げた」と言った。いまは岐阜に住んでいる。
「自分のあり方を考えた時に、自然とともに朽ちていきたいと思ったんです」
岐阜の空気感が好きなのだという。いろいろな場所へ旅行すると、その土地ごとに空気の温度感がある。その感覚が自分に合うかどうか。合理的に説明できるものではないが、確かに感じられるものがある。
「今の人は、しっかり言語化されるものを信じたがる。明確に正しさを示し、敵と味方を分け、世界を単純に説明するものが求められている。 」
ハリボテの愛国心や陰謀論に縋る人も、絶対的なものを置くことで世界を理解したいのかもしれない。しかし、世の中は言語化されるものだけではない。
伝統は簡単には言葉にできない。地域の空気、季節の行事、人との距離感、近所との付き合い…そのようなもののなかに、社会を支えてきた考え方があるのだと言う。
「日本人が守らなければいけないものって、考え方だと思う。思想とか」
違う考え方を持つ人と調和すること。何かを絶対視しないこと。土地の生活に合わせて生きることーー久保田氏は、それらを神道という言葉で捉えている。
政治家ではなく国民が変わる
最後に、今、街ゆく人々に伝えたいことを聞いた。久保田氏は皇室に焦点を当てて活動している。しかし、本当に伝えたいことは、愛子天皇を支持してほしいということだけではない。
「考えてほしい、ということです」
現在、政治と国民は切り離されている。民主主義とは、本来、国民に説明し、理解してもらい、その理解を吸い上げて政治を行うもののはずだ。しかし、日本の民主主義は実際には権威主義的だと久保田氏は考えている。
選挙も、個人としての一票より、会社や団体を単位とした票の動きが強い。ある意味では、会社単位の票の取り合いであり、国民の声によって進む政治ではなく、特定の誰かの声によって進む政治になっている。しかしその責任を、政治家だけに押しつけることもできない。
高度経済成長以降、政治に関心を持たず、疑問を持たなくなった国民にも責任があるのではないかと言う。
「悪いのは誰なのか。政治をこうしてしまったのは日本国民だし、自分がやったことの結果に文句を言っているだけではないか」
有権者が変わらなければ、政治も変わらない。政治を変えたいのであれば、政治家が変わるのを待つのではなく、国民が変わらなければならない。
知ること、伝えること、違和感を持つこと――「愛子天皇じゃダメですか」が疑問形で終わっているのも、そのためだ。
愛子天皇を押しつけたいわけではない。男系男子という一つの主義が絶対的な前提となり、その結論へ向かう出来レースになっている。その流れそのものに疑問を投げかけたい。話すことさえできない状態を変えたい。
「伝統そのものが変わっていかなきゃいけないし、伝統を守ることで守られる伝統はない。僕らが支えられる伝統の形にしていくことも、伝統を守ることだと思う」
この言葉には、私も強く共感した。伝統は、誰かが決めた形を、そのまま受け取ることではない。いま生きている人が支えられる形に変えていくことも、伝統を残すためには必要なのだと思う。皇室が国民との信頼関係のもとに成り立つのであれば、そのあり方について国民が知り、考え、話せなければならない。
政治家や有識者が先に結論を決め、国民は後から知らされる。その形を当たり前にしてはいけない。
久保田氏の活動は、皇室を守るための運動であると同時に、本来の民主主義を取り戻すための運動でもあるように思えた。
新宿駅南口で私が足を止めたのは、派手な音楽や、洗練されたビラだけが理由ではなかったのだと思う。
「愛子天皇じゃダメですか?」という、問いの形をしていたからだ。
なぜ議論しないのか。なぜ選択肢にすら入らないのか。伝統とは何なのか。国民は皇室とどう関わるのか。一方的に答えを押しつけるのではなく、まず考える場所をつくる。久保田氏のデモは、そのために街頭に出ている。
そして私も、皇室や伝統について考えることを、政治家や一部の専門家だけに任せるべきではないと思う。誰が、どのような形で支えていくのか。いまの社会に残していくために、何を変える必要があるのか。
「愛子天皇じゃダメですか?」
その問いは、皇位継承の話にとどまらない。私たちが、伝統とどのように関わり直し、変容させながら新しい時代を立ち上げていくのか。その議論を、国民の側から、私たちから始めるための問いなのだと思う。