私が初めて入管問題に関わったのは2004年の夏だった。今からもう22年も前になる。
これまで数多くの移民や難民の人たちを見てきた。当時から日本の難民認定数は他の先進国に比べても、はるかに少ないと言われていた。難民として日本にきた人たちが認められず、在留資格(ビザ)はなく、入管の建物にある収容施設で人として扱われず苦しんできた人たちもたくさん見てきた。当時はこの問題はあまり表に出ることがなく、日本で起こっていることなのに、それを知る日本人はほとんどいなかった。

あれから22年の時を経て、外国人への問題はどうなったのかと言えば、それは残念ながら悪化の一途をたどっている。日本は本当に先進国なのかと疑うほどに。

1980年代には外国人労働者がたくさん来るようになったと聞く。ビザこそ出さないが、働くことは禁止しておらず、ビザがないことで警察に捕まることもなかった。難民として来ていた男性は「自分は難民なのだが、日本で暮らし続けていくにはどうしたらいいだろう?」と地元の警察署まで行って尋ねたら、「悪いことしなければ大丈夫だよ」とたしなめられるだけだった。男性は現在、未だ難民として認めてもらえず、仮放免者としてビザがなく不安定な状態だ。常に強制送還の恐怖に疲れ切っている。
日本の経済が下火になってきたら、ビザがない外国人を政府は不法滞在者と言い出し、取り締まりを強化し強制送還するようになった。ビザのない外国人はピーク時で29万8,646人いたが、政府による「不法滞在者5年半減計画」が始まった。2026年1月時点では6万8,488人と大分減っている。

それでも私が入管という存在を知ったときは、まだ働くのを禁止されていたのは表向きで、実際には厳しく取り締まってはいなかった。仮放免者が「仕事している」と入管職員に正直に言うと「それは言っちゃだめだよ」と聞かなかったことにされていた。この時はまだ外国人登録証もあったし保険証も持てていた。

本格的に厳しくなってきたのは2012年に在留カード制度が施行されたことからだった。
外国人の管理体制は2012年7月を境に、市役所(市区町村)主体のものから、入管が直接一元管理する仕組みへと大きく変わった。ビザのない者は在留カードを持つことができず、外国人登録証明書を取り上げられ、(それまでは条件次第で加入できた)健康保険にも入れなくなった。病院へ行く場合は自己負担100~300%となってしまう。仕事をすることも厳しく取り締まられていった。

2013年、東京オリンピックが決定した。以来、2016年から東京オリンピックに向けた治安悪化や警備を理由として再収容が増えていった。被収容者たちに入管職員は「オリンピックが始まったから、これから収容が増えるし、出られなくなる」と警告した。
こんなことは初めてではない。1998年の長野オリンピック開催を控えた長野県内で、警察(長野県警)などが主導して行った不法滞在・不法残留外国人の一斉取り締まりおよび風俗環境の浄化作戦「ホワイトスノー作戦」が行われていた。

一件、何の関係もないオリンピックが難民申請者やビザのない外国人にとって脅威となっている。東京オリンピックでも、多くの人々が摘発され次々に収容されていった。被収容者に対する入管職員の暴力も数多く報告されている。収容施設は刑務所のように刑期があるわけではない。いつ出られるのか分からず3年や4年の収容は珍しくなかった。劣悪な環境の中でPTSDになる者、自傷する者、ハンガーストライキなど抵抗の意思を見せる者が相次いだ。

●ナイジェリア男性の死

2019年、3年7カ月も長崎県の大村入管で収容されていたナイジェリア人サニーさんが亡くなった。ハンガーストライキの末に餓死したと言われているが、彼を面会していた支援者や同じブロックで収容されていた人たちはそれを否定する。この件は謎に包まれたままだ。
入管庁はこれを機に10人の有識者(学者や弁護士)を集め、新しい法案の下済みを作らせた。収容施設では今回のように数多くの外国人が亡くなってきた。そうなる前に帰国させようと考えたものだ。有識者と言っても、ほとんどが入管に関して素人同然の人たちばかりだった。そんな人たちの案をベースに、更に入管庁が手を加え完成した。それがあの悪名高い「出入国管理及び難民認定法」である。

だが、ここへきて入管に対して大きな批判を浴びる事件が起きた。2021年名古屋入管の収容施設で若くして亡くなったスリランカ人ウィシュマさんの件だった。病気で弱っているのにろくに病院へ連れて行かず、医療ネグレクトにより死に至らしめた残酷な事件だ。この件は連日メディアに取り上げられ、初めてここまで入管のやり方が悪い意味で注目を浴びることになった。皮肉なことにこの件で、やっと市民の関心が高く集まった。同年5月、入管法反対運動の勢いが強く、入管法の改正はお流れとなった。

しかし入管庁はまだ諦めていなかった。2023年、ほとんど同じ内容で二度目の提出をしてきた。反対の声は空しく衆議院ではあっさり通過し、参議院でも与党陣営の圧倒的多数で通過してしまった。残された問題点に関しては何の審議もされなかった。その後施行され、家族ごと問答無用で強制送還が増えていった。

そして法案が通過したあたりから、川口市に住むクルド人に対するバッシングが始まった。確かにクルド人が行っていた迷惑行為もある。しかし明らかに関係ない事までクルド人のせいにされた。川口市で事件が起きれば必ずクルド人のせいにされ、SNSではその勢いは留まることを知らなかった。少しでもクルド人を擁護するような発言をすればたちまちネットリンチにあってしまう。クルド人なら子供まで隠し撮りされ、ネットにアップされる。4歳の幼女が店で隠し撮りをされて、万引きしたとまでネットで騒がれた。しかし店側によると万引きの事実はなかった。「小学校でクルド人の子供が大けがをさせた」「この店のものを壊した」などいう人物が次々と出てくるが、店や学校に問い合わせると、そのような事実はないと言われる。これはデマ情報だったと発信すれば、こちらが嘘つき扱いされ、またネットリンチを受ける。もはや誹謗中傷できればデマでもなんでも構わないというおぞましい状況だった。次第にネットだけでは収まらず、偽情報を信じてしまった人たちが、現実にクルド人の大人や子供に罵声を浴びせたり、殴りかかるなど状況は悪化していった。

クルド人に対してだけでは収まらず、中東やアジア系、ムスリムなどに対する攻撃が飛び火した。「犯罪外国人は出ていけ」「不法滞在者は犯罪だから出ていけ」「悪い外国人に出て行けと言っているだけ。差別ではない」とネットでは集団ヒステリックかのようにヘイトスピーチが激しく続いた。犯罪が起きれば外国人のせい。日本人だと分かれば帰化人だろうと、何でもかんでも外国人のせいにすればよいという風潮が強まっていった。

●レイシズム政権

2025年7月衆議院選挙で「日本人ファースト」を掲げ、参政党の人気が出て政界へと進出していった。まるでブームに乗っかるように外国人排斥を訴える地方議員立候補者が次々と現れる。埼玉県戸田市ではトップ当選を果たした議員までいる。かつて迷惑ユーチューバーと呼ばれた人たちもひとたび外国人の危険性を訴え「外国人から日本人を守る」というスローガンを掲げれば、議員としてやっていけるのだ。いまだにそんな立候補者が後を絶たない。
高市政権になってから更に外国人に政策が劣悪になっていった。石破前政権時代に打ち出された「国民の安全・安心のための不法滞在者ゼロプラン」といういかにも差別を煽っているとしかいいようのない政策に、更に摘発の強化を盛り込んだ「不法滞在者ゼロプラン~強力推進パッケージ~」が発表された。

2025年10月、仮放免者が免許証を取得することもできなくなった。今、持っている人でも更新することができなくなった。今まではビザが無い人でも免許証を取ることは許されて来た。突然の事なので当事者たちは困惑している。外国人の運転が荒いなど言われている
が、ちゃんと交通ルールを守りゴールド免許だった人もいる。次の更新でやっとゴールドになると楽しみにしていた人も、更新できないと言われ絶望してしまった。ビザがないから仕方ないという人もいるだろうが、今まで許されていた権利を突然奪われてしまったのだ。車があることで家族の介護に使っていた人もいる。人によってはどうしても車が必要な人だっている。

●ビザのある外国人にも襲い掛かる差別。

今まではビザのない外国人に対しての攻撃であった。その矛先はついにビザのある外国人にまで襲い掛かってきた。

外国人が企業、経営するための「経営・管理」ビザの取得・更新要件が従来の「資本金500万円以上」から「3000万円以上」に大幅に引き上げられることになる。これによって長年、日本で経営を営んでいた外国人たちはビザの継続ができなくなり、帰国を余儀なくされる人が増えてしまう。日本で築いてきた基盤がこれによって崩壊することとなる。

永住権の取り消し要件の厳格化(2024年法案)や、ビザの更新手数料のあまりに大幅な引き上げ(20倍もの)。今まで問題なく日本に居た人たちすらビザを失い、この国から追い出される日がやってくる。
これは全て高市政権になってから足早に行われる政策だ。日本ははっきり言ってどんどん酷くなってきた。外国人を悪者にし、苦しめることで本当の日本の問題から目をそらされているようだ。裏金問題、円安、旧統一教会と自民党議員の癒着、自然災害など、本当に解決すべき問題はいくらでもあるはずだ。長いスパンで見て、このやり方がとても日本の国益になるとは思えず、衰退の一途をたどっていくのではないだろうか。それに気づいた時には、もう手遅れなのかもしれない。