2025年11月7日の衆議院予算委員会において、高市早苗首相が立憲民主党(当時)の岡田克也議員による「台湾有事」に関する質問に対し「戦艦を使って、そして武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケース」と答弁した。答弁後、中国はレアアースを含むデュアルユース品の対日輸出禁止に踏み切るなど反発、日中関係は冷え込み、改善の兆しは見えない。また、日本国内でも国会前などで繰り返し発言撤回を求める抗議集会が行われた。

 そうした中で出版された本書は、2022年から2024年にかけて行われた連続シンポジウム「『台湾有事』を起こさせない・沖縄対話プロジェクト」を書籍化したものだ。プロジェクトは日本本土、沖縄と台湾、中国の市民との対話によって「『台湾有事』『沖縄有事』を起こさせないという『あらゆる政治的な立場を超えた』共通意識を醸成し、広げていくこと¹」を目的としている。プロジェクト発足趣意書では対話が「意見や立場を異にする者同士が(一個の人間として相手に向き合い)、相手の意見を尊重しつつ相互に共通点を見出し、意見の違いを乗り越えていこうとする試み²」であると定義される。
 構成は第1章が発足集会、第2章から第4章が台湾・大陸識者との対話集会、第5章が総括集会、第6章が付随する小規模な集会の記録となっている。ここまでがシンポジウムの内容をまとめたもので、第7章に海外参加者のコメント、第8章に編著者である岡本厚(岩波書店元社長)と谷山博史(日本国際ボランティアセンター元代表理事)との対談が収録されている。巻末に略歴の記された著者は43人に及び、うち台湾出身者が5人、中国(大陸)出身者が3人となっている。
「SNS等で『親中国』などの批判や誤解が生じた³」と言われているが、いわゆる左派やリベラルだけではなく、台湾国防部系列シンクタンクの研究員の林彦宏や、日米地位協定研究を専門とするが、いわゆる「平和運動」とは距離のある山本章子も参加している。報告でも抑止力の意義について結論を出さず継続課題とするなど、印象に反して一定のバランスは保たれているようにも見える。

 では、肝心の内容はどうだろうか。海外参加者との対話をまとめた章を見ていこう。
まず、第2章は本書の中で最も参加者の立場の多様性が保たれている章だ。基調講演は元沖縄県知事の稲嶺恵一による、軍事と外交のバランスを説く常識的だが忘れられやすい原則を確認するもの。台湾人有識者の二人、林彦宏と何思慎(輔仁大学教授)はそれぞれ民進党政権下の対中抑止に肯定的な立場と否定的な立場を代表しているが、いずれも冷静で堅実な議論を行っている。他の参加者の発言も高嶺朝一(琉球新報社元社長)のように台湾有事の可能性を全否定するものから山本章子のように実証的、実務的な視点を補足するものまでさまざまで、会場の盛り上がりを窺わせる。
 だが、残念ながらこうした活発な発言が生かされているとは言いがたい。とりわけ台湾人有識者の発言はその歴史的・社会的背景が日本で知られておらず、適切なコーディネートなしには賛否以前に意味内容が正しく理解されることも難しい。他にも専門性の高いものも含めて政治的立ち位置や背景の異なる主張が前後の繋がりも文脈の補足もないままに雑然と並べられており、単純にきわめて読みづらい。シンポジウム当日のコーディネーターである前泊博盛(沖縄国際大学教授)と編集者、双方の能力不足によるものだろう。
 もっとも、そもそも本プロジェクトの呼びかけ人たちにしてから、知識や認識がきわめて怪しいのだ。例えば、岡田充(共同通信社元編集委員)は「2021年に米軍のインド太平洋軍司令官フィリップ・デビッドソンが米議会で『中国軍の武力侵攻は今後6年以内』すなわち2027年までに起きると発言し⁴」たと語るが、当該発言はあくまで可能性を示したものに過ぎない⁵。共編者でもある谷山博史は最近、「『台湾が独立宣言を発した時』か『アメリカや日本がけしかけ』た時でなければ『台湾有事』は起こらない⁶」ともメルマガに書いている。だが、台湾現与党の民進党政権ですら「独立宣言」発出は否定している。米国や日本が独立をけしかけるという想定も、独立路線をとった陳水扁政権期に米国が強い圧力をかけてこれを阻止した歴史的経緯や、いまだに米国が台湾独立を支持せず「現状維持」志向の台湾政策を継続していることを踏まえれば、きわめて現実味の薄いものである。中国による台湾への軍事・非軍事を問わない圧力の増加は、中国の主体性抜きには説明が困難だ⁷。
 では本書の問題点は、呼びかけ人等主要な関係者の単なる無知や不見識によるもので、その動機や目的はあくまで善意なのだろうか。実はそうとも言いがたい。

 順に確認していこう。第2章におけるような混乱や「読みづらさ」は次章以降で急激に解消され、読者は靄が晴れたような思いがするのではないだろうか。理由はきわめて推測が容易で、主催者サイドの願望に沿わない、あるいは理解能力を超える主張をする識者が参加しなくなるからだ。第3章では、基調講演を行ったジャーナリストの張鈞凱も他の台湾出身参加者2人も口をそろえて米国や民進党のプロパガンダを批判し、『台湾有事』とはそもそもフィクションの存在⁸とまで口にする。一方で張は中国の軍事演習を「ワシントンに中国統一に向けた意思を見せつけ、介入をあきらめさせ、結果として戦争という事態を避ける」「平和のメッセージ⁹」と評価するのだが、この論理が通るのであれば、米日による軍拡や軍事演習も同様の「平和のメッセージ」になるはずだ。中国のプロパガンダにだけは進んで迎合するのが、張やその主張を「明解鮮明¹⁰」「冷静な論理で勉強になる¹¹」と評価する参加者、そして主催者の姿勢なのだろう。
 中国からの識者2人を招いた第4章では、中国政府への迎合はより露骨になる。蔡英文政権(当時)を「台湾独立ファシズム」と呼び、「統一を自由に主張」できない台湾を「真の民主主義社会でない¹²」と語る厳安林(上海国際問題研究院学術委員会主任)の口ぶりは、意に沿わない台湾住民の意思を認めようとしない中国政府の定番のプロパガンダそのものだ。ちなみに繰り返しになるが、米日に煽られて民進党が「独立宣言」を行う、などというシナリオはきわめて非現実的である。
 そして厳および呉寄南(上海国際問題研究院学術委員会元副主任)に対する他の参加者による称賛は、「さすがに台湾問題の専門家として明確な定義¹³」「もやもやしていたところに光が差し込み、目から鱗が落ちる話ばかり¹⁴」とほとんど手放しの称賛と言っていいものだ。岡田充に至っては、香港の民主化運動弾圧を台湾や米国の工作を理由に正当化する厳に「日本にも内乱罪はあるし、海外の勢力と結託すれば外患罪もあります¹⁵」と同調するばかりか、シンポジウムの終了間際には会場に「『一つの中国』について理解が深まったと思われる方」「台湾問題は中国の内政問題だと思われる方¹⁶」と挙手による意思表示まで求めている。コーディネーターとして著しく公平性を欠く態度だ。
 ちなみに厳と呉の(元)所属先である上海国際問題研究院とは中国共産党や外交部にきわめて近いシンクタンクであるはずなのだが、そうした背景は台湾人識者の場合と異なり一切説明されない。
 なお、第7章には海外参加者からのコメントが寄せられているが、唯一中国による軍事的脅威の切迫性を説いた林彦宏は含まれていない。上里賢一(琉球大学名誉教授)が「シンポの人選について批判してくる人もいましたが、それは台湾や大陸から人を招けば、彼らははっきりと意見を述べるし批判もするからでしょう¹⁷」と語っているが、批判されるべきは単に人選ではなく、それぞれの言説の取り扱いが党派的かつアンフェアなことだろう。

 ここまで具体的に見てきたとおり、本シンポジウムおよび本書に対する「親中国」という批判は著者らが主張するような「決めつけ」「レッテル貼り¹⁸」とはとても言えない。主催者の事実誤認や希望的観測に基づくダブルスタンダード、コーディネーターや編集者の知識不足などが組み合わさった結果、著しく公平性を欠き、「識者」として入り込んだ中国政府によるプロパガンダに対し迎合的になったものと評価できるだろう。呼びかけ人らが掲げる、異なる立場による対話や相互理解、歩み寄りとは程遠い。
 だが、視点を変えてみればこの評価は本書の価値を決して下げるものではない。本シンポジウムおよび本書の目的を、「台湾および中国の『識者』を招いて『台湾有事は起こらない』と言わせること」だったと仮定すればどうだろうか。彼らは目的追求にきわめて忠実であり、適切な手段を選んでいたことにならないだろうか。
 その場合見えてくるのはナイーブな「平和運動家」が大国のプロパガンダに騙される姿ではない。「台湾有事」とそれに巻き込まれる危機が切迫していることをよく理解しているからこそ、中国の政府系知識人も台湾の親中派知識人も思考停止して9条護憲を唱える日本本土の平和運動家も、使えるものは何でも使い、中国にバンドワゴン(勝ち馬に乗る)することで自身の安全を担保しようとする強かで狡猾な沖縄の住民の確かな主体性であり、大国の狭間にあってその都合に翻弄され続けてきた民衆による、力が支配する世界を生き延びるための強靭なリアリズムだ。
 米中の軍事バランス変容に伴う中国の膨張主義に対し、これに迎合すべきだという主張は日本本土では説得力を持たない。だが、在日米軍基地の大部分とそれに伴う負担が長年沖縄に集中し、日本本土とは異なる歴史的経験とアイデンティティを持つ沖縄では前提となる条件が全く異なる。確かに中国政府の支援を受けた琉球独立論は非現実的だろう。しかし、周辺地域での軍事的リスクが増加しても基地集中を進める一方で、杜撰な住民保護計画しか策定できない日本政府に対し、沖縄住民が「沖縄と日米両政府を離反させようとする中国政府につけば、沖縄の民心を得ようとする中国政府は『台湾有事』が起きても住民の巻き添え被害を減らすよう努めるのではないか」程度の計算をしたとしても全くおかしくはない。実際に、前述の厳安林はそうした考えを喚起するかのようにこう発言していた。

“たとえ「台湾有事」であっても、「沖縄有事」にしてはならないということを強調したいと思います。台湾は台湾、沖縄は沖縄。「台湾有事」は、沖縄県民の利益を損なうだけであり、ぜひとも回避しなければなりません。¹⁹”

 中国のプロパガンダが沖縄において例外的に説得力を持ちえる根本の原因は、自己決定権を実質的に無効化しつつ基地負担を押し付け続け、さらに「敵国」未満の安心供与しか提供できない日本政府にある。
 香港やウイグルやチベットがそうであるように、そもそも住民の不満や主体性無くして外国による工作活動は効果を発揮しえない。安全保障環境の厳しさと「台湾有事」の切迫をよく知る安全保障政策決定者や関係者、そして日本本土住民こそ本書を読み、自らの無策と怠惰が招いた「リスク」の現実と真剣に向き合うべきだろう。



【注訳】
 ¹『沖縄 対話の記録』、ⅶ頁。
 ²同上、ⅷ頁。
 ³同上、200頁。
 ⁴同上、6頁。
 ⁵五十嵐隆幸『台湾有事 歴史・軍事・安定のメカニズム』(中公新書、2026)、7~8頁。
⁶『ノーモア沖縄戦 命どぅ宝の会』メルマガ409号、2026年5月10日。(https://nomore-okinawasen.org/55530/)
 ⁷これら事実関係に基づく歴史的経緯については、五十嵐による前掲書および、松田康博『中国と台湾 危機と均衡の政治学』(慶應義塾大学出版会、2025)を参照のこと。なお、本書で明確な定義の無いまま繰り返し言及される「台湾独立」や「92年コンセンサス」については、春山明哲ほか編『台湾の歴史大全 基礎から研究へのレファレンス』(藤原書店、2025)の事典部分における記述が簡にして要を得ている。
⁸『沖縄 対話の記録』、40頁。李鎮邦(香港理工大助理教授)の発言。
⁹同上、41頁。
⒑同上、 40頁。張智琦(「黒体文化」編集者)の発言。
⒒同上、 42頁。宮良麻奈美(元石垣市住民投票を求める会)の発言。
⒓同上、 72頁。
⒔同上、 77頁。岡田充の発言。
⒕同上、 82頁。神谷美由希(ゼロエミッションラボ沖縄)の発言。
⒖同上、 97頁。
⒗同上、104頁。
⒘同上、136頁。
⒙同上、112頁。
⒚ 同上、 76頁。