筆者は2026年春、東京大学に入学した。はじめての学園祭「五月祭」での模擬店の収益に新入生クラスが胸を高鳴らせ、入学の喜びを引き摺りつつ非日常の楽しさに浸る5月。しかしよく考えると、私たちが迎えたのは、むしろ学生自治の現実を思い知らせ、日本の民主主義の行方を考えさせる5月でもあったように思えてくるものだ。

「東大の五月祭に参政党の神谷代表が来るらしい。」そんな話題は、SNSだけでなく、私たちのクラスでもすぐに広まった。少なくとも、まだ安易に政治的な話をできる訳でもない新入生同士も、これに関しては嘲笑して盛り上がろうとする節があったと思う。何しろ東大新入生の参政党支持率は1%に満たない(東京大学新聞)。この話題をどの角度から出したとて、ピカピカの友人関係にヒビが入る可能性は低い、と打算的でも踏んだのだろう。

 東京大学五月祭に、近年急速に支持を伸ばしてきた国政政党「参政党」の神谷代表の講演会を主催すると4月22日に発表したのは、学内の右派団体「右合の衆」。これに対して、学内では主に二つの意見が存在していた。1つ目が、「ヘイトスピーチや差別発言を繰り返す政党の代表を五月祭に呼ぶのは間違っている」という立場。実際に「差別とデマのない五月祭を」という学生有志によるXアカウントが立ち上げられたり、講演会へ懸念を表明する東大の教員もいた。2つ目は、「大学における言論の自由は守るべきだから、神谷氏の講演会を批判するのは間違っている」という立場。筆者の体感では、「神谷氏の差別的で非科学的な主張は受け入れられないが、言論の自由を奪ってはならない」と考える学生が多数派を占めていたように思う。

差別やヘイトスピーチを繰り返すことは言論の自由ではない。しかし話を聞いてみようとする姿勢を崩すのも何か違う気がする。私の中でも拮抗して結論をつけ難いこの騒動を考えようと、少しだけ迷ってから、講演会の応募フォームに自身の名前を打ち込んだ。


五月祭当日。11時50分、法文1号館へ着いた。会場となる教室へ続く、薄暗い洞窟のような空間は、かなりの人で酷いくらいに埋め尽くされていた。もうすでに受付が始まり、講演が開始される時間だというのに、どうなっているのだろうか。明るい声でオレンジのTシャツを見にまとう人、場に合わないスーツを着る興奮気味の人たち、慌てた様子の警備員や五月祭委員、そして場をウロウロする学生たち。会場である25番教室へ行くための階段の下周辺は、どこか異質だった。ほとんどの人が、何が起こっているのかを理解していなかったが、何かが起こっていることだけは理解しているようだった。構造として、講演会の会場である25番教室へ行くためには、二方向からの登り階段がある。その複雑な構造故に、ただただ迷っている人が何人もいた。

 11時55分。青いハッピを着た五月祭委員が、「企画は延期になる見込み」であることを伝え始め、場が騒然としてきた。スーツ姿の男たちに囲まれる「右合の衆」代表の山田氏に、何が起きているのか、と筆者が直接尋ねたところ「延期は確定、中止になるかもしれません。」「詳しいことは言えないのですが、安全管理上のトラブルが起きました。」とのことだった。

 よく見ると、両方の階段では座り込みで通路を封じる人たちがいて、それを五月祭委員が囲み、彼らをいわゆる「しばき隊」と思われる人たちが無言で威圧していた。それに注意をする大学関係者と思われる人たち、彼らに高そうなカメラを向ける人、スマホで笑いながら撮影をするスーツの人たち、私も含めた野次馬の学生たち。現場は変に緊迫した様子だった。しばらくして、どうやら爆破予告があったとの噂が会場でも広まるようになってから、現場の人たちの、立場を隠した「探り合い」がさらに進んでいった。保守的な団体を運営しているという人たちには、東大の学生に名刺を渡したり、「いい日本を作ろう」「最高学府から日本を変えないと」と話している人たちもいた。また、「神谷氏はこの講演に対してノリノリで、近くで待機してるんだよ。」という話も聞こえた。彼らは「外部の人間たちは会場から出ていくべきだ」とのことだったが、自身のことはどのように見つめていたのだろうか。私には皆目見当もつかなかった。

 内部と、外部。1時間ほど滞在して、でも場に耐えかねて外へ出ると、活気のある屋台が並び、家族連れが楽しそうに歩いている。扉一枚を隔てた二つの空間の性質が全く異なることに、頭がほとんど追い付かなかった。意図せずファッションの差し色としてオレンジのショルダーバックを身につけていたことに気づき、少し憎かった。

 結局、なんと午後1時ごろに委員会は五月祭の「全ての企画」を中止することを決定。しかしそれが周知されるようになったのは午後3時頃であり、その旨が周知されても企画の運営を続けるクラスも多かった。委員会の拡声器にも限界があるのだろうか、来場者も事態を理解していなかった。いや、事態を理解していなかったのは、そこにいた全ての人かもしれない。少なくとも全企画が中止された原因を「爆破予告」と知る人は、現場にいた人を除きほとんどいなかった。

 この1日目の中止が、結局「模擬店の収益」という新入生クラスの5月の至上命題を曇らせることになる。廃棄せざるを得ない食材を他クラスにサービスしたり、友人らで消費しようとする人たちもいた。悲しいかな、出展している学生とって阿鼻吸喚と化したキャンパスでは、「スターバックス」に長蛇の列ができていた。

 私たち東大の学生は、この件をどのように考えらいいのだろうか。五月祭が終わった打ち上げムードの中でも、この問いが頭の中をぐるぐるして、離れなかった。東大の学生の中では「しばき隊」「座り込みをする人たち」「正門でプラカードを掲げる人」といった、講演会に反対するアクションを取った人たちを批判する論調が根強く存在する。おそらくその日、キャンパスで最も目立っていたことに加え、このアクションが5月祭の中止に繋がった、と多くの人が理解したからである。大前提として委員会が中止の理由としているのは「爆破予告」である。事態に関しては現時点でも不明なことが多く、多様な意見が存在していることから、どのアクターが悪いか、という単純な議論は控えたいと思う。

 外部と、内部。学園祭に外部の反対派の人たちが乗り込み、プラカードを掲げたり行進をする。あの場にいた反対派は暴力を行使していないし、やっていることは「別に間違っていること」ではないのかもしれない。ただ、学内の反対派が、同じ立場としてそれを求めているのか、と考えるとやはりそうではないように私は感じる。「学生のためを思ってこれをやってあげている」という立場の人が多かったし、そうしたある意味での「盲目さ」が、現代の民主主義においても、大変な問題を孕んでいるように感じるのだ。その後、日本共産党のある国会議員にこの話題について尋ねたところ、「反対派のあのやり方は本当に正しかったのか」という懸念を持っているようだった。

 「外部性」に気付けていないという意味では、保守を標榜していた人たちも同じである。現場では、「私たちが山田くん(右合の衆代表)を金銭的にサポートしている」という「大学の外部」の人たちの声が聞こえてきた。さらに踏み込んで言えば、国公立大学である以上、どこまでが外部でどこまでが内部なのか、という点も非常に曖昧なものではある。ただ、神谷氏を始め今回の講演会を必死に擁護する保守的な人たちが、「東京大学」という場所を過度に重視し、それを利用しようとする魂胆が私には感じられて、私にはそれが誠実でないように思えて仕方なかった。どちらの側も、「学生を思って」という立場を取りつつ、実際にはそれを自分たちの主張をするための場にしている。学生の本当の声に耳を傾けているようには感じられない。そして東京大学という場所をうまく利用しようとしているように思えるのだ。

 加えて、五月祭委員会という「そこにいることが正当な立場」に対してもクリティカルにいる、ということが大切なのではないかと筆者は考える。五月祭委員会の今回の対応は正しかったのか? 法被を着た委員に手で爆弾を探そうとさせるのは正しいのか? こうした視点を、失ってはならない。OBの話によると、最近の東大生は「ルールと権威に従うお利口」だそうだ。これは近年のリベラルの一部にも(しばき隊にも)通じることなのかもしれない。東大生で言えば「外部の人たち」だけを批判することにあたるのだが、そうして五月祭委員会というあの場では「一見正当なもの」への批判的な視点を失うことは、権威主義そのものだと筆者は考える。

 やはり東京大学の学生自治はピンチを迎えているのではないか。やはり5月祭の意思決定のプロセスを丁寧に追っていくと、筆者にはそう思えて仕方がない。だって東大が学生自治の場所であれば、学生が批判すべきは「参政党や神谷代表」ではなく、「彼らをよんだ人たち=右合の衆」であるはずだ。参政党の批判は別ですれば良い。東大が学生自治の場所であれば、東大新聞を「出禁」にする五月祭委員会の対応は間違っている。東大が学生自治の場所であれば。

 いま、安田講堂を無数の学生が取り囲むこともなければ、教養学部学生自治会の会長の名前を言える人など、ほとんど皆無に等しい。五月祭で何が起こっていたのか、だいたいの雰囲気とか「結局黒字だったわ」みたいなことで満足で、興味がない人たちがほとんどだろう。自分たちで自分たちの大学のことを知り、真剣に考え、時に発信し、対話して、みんなで決めていく。これ以上に楽しいことが、一体どこにあるのだろうか、と私は思うのに。

 そして東大が学生自治の場所でなければ、、、それは日本の民主主義も危ういものである証拠なのかもしれない。

 会場で聞いた、「いい日本を作らないと」という言葉を筆者は6月になった今でも反芻している。主語が日本でなくとも、「いい社会をつくりたい」という想いは、あの会場にいたどの人たちも持っている、と信じたい。そうであるならば、意見の方向性の違いがあれど、「一見正当なもの」をもクリティカルに見て、それを立場を隠さずに、そして立場に関係なく対話していく。そんな姿勢が大切なのではないか。学生の自治による学園祭であるあの日の、法文1号館。それぞれが立場を隠しつつ、起こる衝突にカメラを向け、必死にXで発信する。対話というよりは、むしろ対立を助長し、ある意味ではその「祭り」を楽しむ。少なくとも、私はこれが学生自治でも民主主義でもないと思った。

 地に足のついた学生自治を、ひいては民主主義を、どのように叶えられるだろうか。先日キャンパスを歩いていると、以下のようなビラを見つけた。


 立場に囚われず、むしろそれを更新し続けるというリベラルな態度。そして真の意味での「草の根」の活動。それらは、こうした小さな小さな(そして時に皮肉な?)発信、それを見かけ、クスっと笑い、横を歩く友人と立場に関わらず話すことから始まるのかもしれない。少なくとも私には、この壁があの法文1号館よりも民主主義をしている、と思えてしまったのだ。
 さあ、俺はどんなビラを貼ろうかな。